2006年7月22日 (土)

北海道見学会(3)

さて、いよいよ北海道見学会の最終日。

朝7時に宿を出て、札幌市内の中央卸売市場の場外市場海産物を買いに行きました。買い物をしている間に続々と観光バスが到着し、人気の高さがうかがえます。

その後、ジャンボタクシーは定山渓温泉中山峠を通って、羊蹄山のふもと、ニセコのほうへ向かいました。途中、留寿都で巨大なルスツリゾートを通りました。全国から集めた中古のジェットコースターなどがたくさん並んでいるのが印象的でした。また留寿都の道の駅では、地元で採れた農産物が生産者の名前入りで売られていました。

そして、最初に行ったのがニセコの東山地区にあるミルク工房。ここの乳製品はどれも大変美味で、駐車場はクルマであふれていました。それから、オーストラリア人に大人気のヒラフスキー場へ向かいました。スキー場のふもとはオーストラリア人スキーヤーの別荘やコンドミニアムも建設ラッシュで、英語の看板が立ち並び、また、英語で物件を紹介した不動産屋さんもありました。

ニセコの「オーストラリア村」の様子は、、ダウンロードまたは プラグインでご覧ください。

そして最後の訪問は、国土交通省の観光カリスマ百選にも選ばれた、オーストラリア人のロス・フィンドレー氏が経営する、ニセコアドベンチャーセンターで、ここでロス氏から直接いろいろとお話をうかがうことができました。

ロス氏は89年に来日し、冬はスキーのインストラクター、夏は建設作業員としてニセコの雪を楽しんでいたそうです。その後、夏にもニセコを楽しみたいということで、ゴムボートで川を下るラフティングを始め、97年に廃材などを利用してセンターハウスを建て、ベンチャー企業として大いに発展してこられました。

なぜ、最近オーストラリア人が多数来日するのか、その最大の理由はテロ戦争で米国や欧州が危なくなってきたからで、またニセコのヒラフスキー場はカナディアンロッキーにあるウィスラーのスキー場に雪質が似ていて、とてもレベルが高いスキー場だそうです。氏は日本人の奥さんをもらい、大変日本語が上手で、読み書きもでき、自然に対する熱い情熱と、ビジネスマンとしての冷静な頭をバランスよく備えたすばらしい経営者だと思いました。

というところで昼食後にニセコを出て新千歳空港には3時過ぎに到着、無事解散となりました。いろいろとご案内をいただいた坪川正明さん、本当にどうもありがとうございました。また、ご参加のみなさま、ありがとうございました。

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北海道見学会(2)

北海道見学会2日目は、まず旭川の旭山動物園に行きました。動物が生き生きと暮らしているこの動物園はものすごい人気で、連休のなか日ということもあって、園内は特に大人であふれていました。見所の施設は30分待ち、1時間待ちの人気です。

各動物の習性や特長をよく考えた行動展示混合展示がすばらしく、この動物園を見てしまうと、普通の動物園はまるで動物の監獄のように見えてしまいます。さらにこの動物園はすっかり廃れてしまった動物園を立て直して人気を回復させたことでも有名で、経営の観点からも全国の注目を集めています。

旭山動物園見学の動画は、ダウンロードまたは プラグインでご覧ください。

昼食後は美瑛富良野方面へ車を進めました。このあたりの丘陵地はパッチワークの丘と呼ばれていて、色とりどりの畑やお花畑が広大に広がっています。ちょうどラベンダーが見頃を迎えていて、多くの観光客で賑わっていました。この地域は北海道を代表する風景として、小説や映画にもたびたび取り上げられたほか、タバコセブンスターマイルドセブン、あるいは日産スカイラインCMにも取り上げられました。

そして富良野にある日本画家の後藤純男美術館を見学。大雪山の雄大な景色の前に広がる美術館には、心象風景画と言われる後藤氏の繊細な絵がたくさん展示されています。昼食は美術館のグリルでいただきました。

次に訪問したのが富良野演劇工場です。ここは脚本家の倉本聰氏が始めたふらの演劇工房と共に、倉本氏の活動の舞台で、倉本氏は富良野塾という脚本家や役者を養成する無料の学校を開き、地元と密着した演劇活動がすっかり富良野に根付いています。

それから新富良野プリンスホテルでおみやげ物を買った後、山部にある、宗教法人大本の北海本苑を訪問しました。ここは名山、芦別(あしわけ)山のふもとにあり、芦別山はこの世をこしらえた元の神さまが隠退された山とされています。神殿で参拝の後、名水の金龍水をいただきました。

そして夕方には、札幌のすすきのに到着し、居酒屋で打ち上げとなりました。

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北海道見学会(1)

7月15・16・17日の3連休、ロハス・ジャパン研究会の見学会は、北海道で開催されました。札幌にお住まいに坪川正明さんのご案内で、大変有意義な見学を楽しみました。

なお、シンクンタンク藤原事務所の長谷川孝のブログにも、見学記があります。

まず15日、日曜日はお昼前に新千歳空港に集合。一行6名は、ゆったりとしたジャンボタクシーに乗って出発です。

最初の訪問地は、ナチュラル&オーガニック 自然食の店、「まほろば」さんを訪問です。まほろばさんは、22年前から自然食のお店を札幌で開いておられ、0-1テストという独自の仕入れ基準を使っておられます。また農園で栽培もしておられ、また、とてもエネルギーの高いお水も作っておられます。今回は宮下周平社長ご夫妻から、大変貴重なお話を、たくさん伺うことができました。そしてお店でおいしいお昼ご飯とソフトクリームをいただきました。ごちそうさまでした。

まほろばさんでのお話は、動画のダウンロードまたは プラグインでご覧ください。

続いて、高速道路を小樽に向かいました。小樽はかつては北海道の金融経済の中心として栄えていましたが、今では観光の街として日本だけでなく特に韓国中国などアジアからたくさんの外国人観光客を集めています。

メルヘン交差点と言われる海に近い五叉路の周りは観光客が集まる場所で、他の観光地と同じく、女性の観光客でとても賑わっていました。

そしてメルヘン交差点には小樽オルゴール堂があり、アンティークなオルゴールを見学しました。ここも女性と外国人観光客で大変賑わっていました。

それから臨海部の道路に沿って歩くと古い倉庫を改造してできたお店が並んでいます。最初に倉庫を改造してお店にした北一硝子(ガラス)さんも、非常に多くの観光客で賑わっていました。

その後、昔の銀行街(北のウォール街と呼ばれました)や旧日銀小樽支店を改造した金融資料館を見学。ニシンが獲れた時代の小樽の活況をしのびました。

小樽の様子は、動画のダウンロードまたは プラグインでご覧ください。

それから再び札幌に戻り、夜はサッポロビール園で、ジンギスカン料理。地元の若手経営者や、財団法人秋山記念生命科学振興財団理事長の秋山孝二氏らと、大変有意義な交流を深めました。

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2006年6月 7日 (水)

鹿児島・屋久島・種子島見学会(2)

動画集です。特に編集せずに順番につなげてあります。1本が10分強です。

QuickTimeのプラグインでご覧いただけます。

動画1 霧島高原ビール 焼酎工場 薬丸自顕(じげん)流演武 焼酎廃液飼料化

動画2 生ごみ飼料化 飼料化プラント

動画3 チェコ村食堂 屋久島 民宿尾之間 モッチョム岳 千尋の滝 ヤクシカ ヤクスギランド遊歩道

動画4 ヤクスギランド 屋久杉 土埋木(どまいぼく) 倒木更新 千年杉

動画5 ヤクスギランド 仏陀杉 田舎味茶屋ひらの 屋久杉工房岳南

動画6 屋久杉について、日高岳南さん(屋久杉工房岳南)

動画7 屋久島と観光、日吉眞夫さん(喫茶樹林)

動画8 屋久島 大川(おおこ)の滝 民宿送陽邸 海がめの産卵

動画9 屋久島 柴鉄生さん 民宿送陽邸食堂 種子島鉄砲館 郷土史家、鮫島安豊さん 

動画10 種子島 郷土史家、鮫島安豊さん

動画11 種子島 郷土史家、鮫島安豊さん 種子島宇宙センター 宝満神社

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2006年6月 6日 (火)

鹿児島・屋久島・種子島見学会(1)

2006年6月3、4、5日、ロハス・ジャパン研究会のメンバー約30人で、九州の鹿児島、屋久島、種子島の見学に行きました。

まずはじめに行ったのが鹿児島空港のすぐそばにある、バレルバレープラハ&GENです。ここは焼酎メーカーである錦灘酒造さんと霧島高原ビールさんが作られたテーマパークで、空港に大変近いこともあっていつも多くの観光客がバスや車で訪れています。

さらに霧島高原ビール社長の山元正博さんは農水省飼料自給率向上戦略会議および全国食品残渣飼料化行動会議の構成メンバーで、家業である麹(こうじ)を使った焼酎廃液の飼料化システムを開発し、さらに生ごみの飼料化システムも開発して、年内には東京の羽田空港でもプラントが正式に稼動します。ここでも微生物のことについていろいろ勉強させていただきました。

今回の訪問では最初に焼酎の工場を見学し、続いて両社社長からテーマパークのこと、麹を使った飼料化のことについて伺った後、実際に飼料化プラントのひとつを見学し、育成している黒豚の豚舎も見せていただきました。 その後はテーマパーク内で大変おいしい黒豚のしゃぶしゃぶ料理をいただきました。

その後、種子島を拠点に小売業を展開しておられる有限会社サムズの池田修社長のご案内で、屋久島と種子島を訪問しました。

まず1日目の夕方に飛行機で屋久島に行き、レンタカーに分乗して一日目の民宿、尾之間に行きました。ここは大変人気のお宿で、なかなか予約ができないそうです。ここで荷物を降ろした後、平内海中温泉に行きました。ここは干潮の間だけ入れる完全に露天の温泉で、女性はタオルを巻いて男はそのまま、みんなで温泉に入りました。主のような地元の方がいて、いろいろお話をうかがうこともできました。しばし時間を忘れてみんな屋久島の温泉を堪能しました。

二日目は千尋の滝を通って自然休養林であるヤクスギランドに行き、樹齢千年以上の屋久杉が立ち並ぶ屋久杉の自然を堪能しました。言葉が出ないほどすばらしい森林です。その後、山を降りて、自然素材のお店、茶屋ひらので食べきれないほどの昼食をいただきました。午後は屋久杉の土埋木で工芸品を作っておられる日高岳南さんの工房を訪問して、屋久杉の意味について詳しくお話を伺いました。岳南さんは、屋久杉で万年筆も作っておられます。

その後、すぐ近くの喫茶樹林で、生命の島という季刊誌を発行しておられる日吉眞夫さんから、屋久島の観光についていろいろとお話を伺いました。

そして車で屋久島の西側、西部林道を通りました。ここは原生林が広がる世界遺産指定地にあり、ちょうど夕方ということもあって、何十匹ものヤクザル、十頭以上のヤクシカに出会うことができました。大感動です。また途中にある大川の滝は、実に雄大な滝でした。二日目の宿は、上屋久町永田のいなか浜にある民宿送陽邸です。黒澤映画を髣髴とさせるようなユニークな建築と、海岸に作られた食堂で、もし夕日が見えたら最高という環境のなか、みなさんで盛大に夕食を食べました。さらにその夕食の席に同じ永田で民宿を経営しておられて、屋久島観光協会の会長をしておられる柴鉄生さんが来てくださいました。柴さんは長年にわたって屋久島の自然を守られてきた方であり、プロジェクトXでも紹介されました。夜は地元の焼酎の三岳を飲みながら、観光と屋久島のかかわりについて深いお話をたくさんうかがうことができました。

またちょうどその夜、いなか浜では海がめの産卵の時間となり、この夜は五頭の海がめが上陸して産卵をしていました。ここは日本で最も多くの海がめが産卵に訪れる場所です。海がめを見学する一行が帰ってくるころ、柴さんが一曲歌ってくださり、宴はお開きとなりました。

翌日は朝からお買い物をして高速船で種子島へ。種子島は稲作発祥の地、鉄砲伝来の地、ロケットの発射基地として、常に日本の最先端、種の役割を果たしている場所です。まずはじめに屋久島開発総合センター鉄砲館を訪問しました。そして池田さんのお店、喜元で昼食。その席に種子島の郷土史家である鮫島安豊元鉄砲館長が来てくださり、中国の謎の人物除福と種子島の広田遺跡の関係など、大変興味深いお話を伺いました。

その後、バスにて島の南側にあるロケット発射基地、種子島宇宙センター、そして赤米の神事を伝える宝満神社を訪問し、お開きとなりました。

池田さんはじめ、みなさまに大変お世話になり、ありがとうございました。

訪問の詳細は写真あるいはビデオでご覧ください。

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2006年5月18日 (木)

島本微生物工業(株)さま、見学会

5月14日の日曜日、滋賀県甲賀市にある、島本微生物工業(株)さまに、酵素農法の見学会に参りました。

Img_0692 18名の参加者は11時から島本邦彦会長の酵素農法に関する講義をじっくり拝聴しました。戦争中は名古屋で製菓業を営んでおられましたが、戦後故郷の甲賀市水口に戻ってこられ、お父様とともに畑を開墾され、独自の酵素農法を打ち立てられました。既に農水省でも先生の農法を民間農法のひとつとして認知しており、国内はもとより韓国、マレーシア、ブラジル、中国など、海外にも先生の農法は広く普及しています。

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特に先生はそれまで肥料として使うことができないとされていた木材くず、製材くずを独自の酵素を使って肥料にする技術を打ち立てられ、それが全国に「島本酵素」が広がるきっかけとなりました。先生のお話は非常に科学的かつ合理的であり、自然の摂理をよく観察されて、ひとつづつ手法を確立されていかれた様子がよくわかりました。

Img_0698 そして先生は、土壌改良に大きな情熱を費やしておられ、会場には戦後、畑として開墾する前の土と、現在のお土が並べて置かれていました。永年にわたって耕された現在のお土は土壌ヒューマス(腐植)が十分に行き渡り、植物の成長にとって理想的な団粒化したふわふなお土ができあがっています。良い作物を作るには、まず良い土作りから、ということを現実に目の前で拝見しますと、農業の奥の深さと、一朝一夕にはいかないノウハウの積み上げを実感します。

Img_0699 先生の農法は基本的に土壌改良と、肥料と、葉面散布の3つの手法によって組み立てられています。特に土壌改良は開墾後3年間に大量の堆肥を投入することが特徴で、また葉面散布は日照不足の場合や葉から酵素を投与する場合に用いられます。先生の会社や、関連会社、そして社団法人愛善みずほ会で、各種農業資材を販売されておられるほか、会員の専業農家の方に農業指導をしておられ、さらに年に数回、4日間の泊り込みの勉強会も開催しておられます。Img_0696_2 

お年を全く感じさせない大変元気な島本邦彦会長です。会長は宗教法人大本の本部長も勤めておられる大変信仰熱心な方で、サイエンスと神さまの両方に大変深い造詣と実践を積み上げてこられた方です。今回のお話では神さまのことは触れられませんでしたが、畑でいつも真剣な祈りを捧げておられます。

Img_0694_2 今回の参加者のなかには農家の方はいらっしゃいませんでしたが、園芸、木材関係など、具体的に先生のノウハウや農法、資材がすぐに役に立つ方もいらっしゃり、また家庭菜園や家庭から出る生ゴミの処理に精力的に取り組んでおられる方もいらっしゃいました。家庭菜園を耕している藤原事務所からも5名が参加しました。みなさん非常に高度ながら、とてもわかりやすいお話を真剣に聞いておられます。

Img_0702 Img_0703 Img_0701_1 Img_0700_2島本会長から展示されている写真の説明をしていただきました。安全でおいしい農作物を安定的に大量に作ることで初めて農家の経営は成り立ちます。そのための工夫とノウハウの蓄積には誠に頭が下がります。そして普通ではできない非常に大きくておいしい農作物を収穫されてこられた様子が、写真に残されていました。

続いて、先生の農場を見学させていただきました。堆肥作り、各種作物、そして畑の開墾についてさまざまな貴重なお話を伺いました。詳しくは、ビデオをご覧ください(プラグインまたは、ダウンロードでご覧いただけます)。

また、当日の参加者の方の自己紹介もビデオでご覧ください(プラグインまたは、ダウンロードでご覧いただけます)。

家庭菜園などで先生の開発された農業資材を使う場合には、社団法人愛善みずほ会のショップ、ドーモから購入されるのが便利だと思います。宅急便でお送りいただけます。

連絡先は、〒621-0811 京都府亀岡市北古世町1-3-18

電話 0771-24-6586 FAX 0771-22-8002 です(月曜定休日)。

また、「みずほ日本」という会報誌が社団法人愛善みずほ会から毎月発行されていて、そこに愛善酵素農法に関することが大変わかりやすく紹介されています。会費は個人普通会員が年間4千円です。

会員登録、「みずほ日本」に関するお問い合わせは、同会代表、電話 0771-22-0026

(住所とFAXは上記のドーモと同じです)へ。

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2006年4月10日 (月)

新潟県妙高市見学会 4月9日

長岡に引き続いて、新潟県妙高市に、ミスト農法と、ミスト農法や妙高の自然を生かしたまちづくりを見学しました。ミスト農法というのは、空中に下がった根に有機肥液を霧状にして散布する農法で、妙高市ではオオバの栽培を行っています。完全無農薬でおいしくて安全なオオバが周年栽培で、大量にできる画期的な農法で、日本中、さらに中国にも栽培地が広がっています。現在は妙高市でミスト農法によるトマトの栽培施設の建設が進んでいます。

まず、妙高市役所を訪問しました。土曜日にもかかわらず、町の職員の皆さんが大きな建て看板をご用意くださり、ご紹介のビデオを見せてくださいました。

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その後、妙高パンバレーに移動して、懇親会です。懇親会には先生や入村妙高市長もお出でくださり、ミスト農法と新しいまちづくりについて、大変貴重なお話を伺い、一同感激いたしました。

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翌日は宿の周りは雪が舞っていましたが、施設では雪は止み、午前中に見学を行って、こそば亭で、妙高山麓で昔から栽培されていた品種を使ったおそばをいただき、解散となりました。

お話で印象に残った点

(先生)

・これは改革をやっているのだ。改革は事実の上に初めて成り立つ。事実が大切。

・ミスト農法をやっている人に農業従事者だった人は一人もいない。

・大切なのは理念であり、理念にしっかり沿った人が集まらないと改革は進まない。とにかく人が大切。

・理念の合わない人とは会わないし仕事もしない。

・農業とは観察である。その地域を観察して、その地域に最も適した方法で栽培を行うのが農業だ。ミスト農法も全部その地域の土壌や水を分析した上で成分などを調整している。

・自分は量子力学を勉強した。量子の世界には理屈は通用しない。光が物質になり、波動が意思を伝える。色即是空。

(市長)

・とにかくスピードが大切だ。経営を成り立たせるために町と企業がよく連携して、スピーディーに仕事を進めることがとても大切だ。

・ミスト農法の施設で働く人が足らなくなるので、都内からの移住者を探している。

・とにかく結果を出すことが大切だ。

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越後長岡見学会4月8日(3)

工場の見学コースは地元の小学生の社会見学コースにもなっており、また、年に1回、工場の展望室を市民に開放しておられます。この展望室からは、世界一大きな花火である四尺玉が毎年打ち上げられるのを、目の前で見られるそうです。

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また会長以下、3名の方が社会人として大学の博士課程で高圧技術を学ばれ、超高圧を使って処理したご飯を開発、販売しておられます。超高圧は21世紀の新しい技術です。工場設備も自社で設計、製造されました。

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そして次の訪問したのが、江口だんご本店さんです。越後長岡と言えば笹団子やチマキが名物。各種お団子を製造販売しておられます。このたび、郊外に総本店を建設されました。総本店は江戸時代の家老の家を使って、工場と直売所と喫茶店を併設されています。向上の裏では、契約農家の方が米を作っておられ、その裏に広がる里山は借景になっています。

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私たちのために、わざわざ裏千家の先生が正式なお手前でお茶を立ててくださいました。そして5種類のお団子とお抹茶をいただきました。至福のひと時です。この写真には写っていませんが、一同が座った机は昔の蔵の扉を活用したものでした。

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越後長岡見学会4月8日(2)

長岡見学会の2日目は、雪国植物園に行きました。ここは里山の植物を残そうという考え方で十年前に作られた植物園で、開園のときから、俳優の柳生博さんが応援しておられ、ちょうど十周年記念行事で来ておられ、雪国の里山が持つすばらしい自然体系について、貴重なお話を伺うことができました。柳生博さんは日本野鳥の会の会長もしておられます。

Img_0085 Img_0090 柳生博さん(撮影許可済み)

植物園はあいにくの雨で、足元は大変でしたが、ちょうど雪解けが始まって美しい雪割草をたくさんみることができました。

Img_0096 柳生博さんと大原久治園長が十周年記念見学会に先立ってご挨拶。園長は開園以来、夕食に自宅に戻られるだけで、ずっと園内の泊まり込んで植物園を育ててこられたそうです。

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参加者たち

Img_0141 Img_0142 園内は非常に詳しく丁寧なガイド・ボランティアの方がご案内してくださいます。このご案内があることで、見学が非常に有意義なものになります。今回ご案内してくださったのは、地元の会社員の方でした。

Img_0109_1 Img_0110 Img_0111 Img_0123 Img_0135 Img_0137 Img_0139 雪割草や水芭蕉など、雪が解けた地面には美しい自然がたくさん顔を出していました。

それから里山のこともいろいろ教えていただきました。里山というのはとにかく15年から20年で木を切らないといけないのですね。切らないとうっそうとしてしまって、地面に太陽があたらず、草木が育たなくなります。広葉樹の葉が落ちた冬の間に相当先まで見通しが効くぐらいに木を切っておかないと、5月になって葉が出てきたら先が見えなくなってしまうとのことでした。すなわち、里山というのはいつも人が手をいれて、切っては植え、切っては植えする山なのですね。決して、指一本手をつけてはいけない林ではないのです。ですから切った木を使う人々の生活がないと、里山は成り立たないのです。まさに里と山の循環です。

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園内の樹木

続いて、天保年間創業の地元の酒倉、朝日酒造さんを訪問しました。朝日山や久保田といった銘柄は多くの方がご存知だと思います。長い月日をかけて少しづつ工場や本社を新築してこられる一方、旧建屋や昔の酒作りの道具、民芸品、歴史的資料などは資料館に展示しておられます。とても歴史を大事にされる会社だと思いました。

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続いて訪問したのは、越後製菓さんです。新潟県内の業務用のラーメン玉の8割以上を作っておられるほか、米どころ、新潟の米を使って米菓や餅を作っておられます。とても社員を大事にしておられ、社員の一体感が中越地震のときの工場再建を支えました。広々とした工場のロビーには美術品が飾られています。

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米菓は多品種のため、どうしても人手がかかるそうです。

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社員の創意工夫、改善活動にも大変熱心に取り組んでおられます。

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越後長岡見学会4月7日(1)

20064月7日 長岡見学会

4月7、8、9日は、新潟県の見学会でした。

まず7日はロビンアートスタジオの志賀恒夫さんのご案内で、信濃川にある大河津分水に行きました。ここは信濃川の洪水を防ぐために、人口の河を作ったときの分水地点で、日本人でただ一人、パナマ運河の測量設計に携わった、青山士(あきら)博士らの尽力で完成しました。青山博士による信濃川補修工事竣工記念碑には、博士の「万象に天意を覚る者は幸いなり」という言葉が、日本語とエスペラント語で書かれています。どんな分野でも、極めた人の言う言葉は同じ境地に達しますね。

さらに、新潟県ではかつて、河の底を里山から切り出した木を組んで作る粗朶(そだ)沈床工法が広く普及していました。最近になってこれを復元する動きが新潟県初め、各地で広がっています。

Img_0074_1 信濃川と大河津分水路の分岐点にある可動堰

Img_0075_2 可動堰近くから対岸を見る。非常に川幅が広い

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信濃川補修工事竣工記念碑

なお、永年スイスにお住まいで、近自然学を提唱しておられる山脇正俊先生も、ご専門は河川です。

当日はその後、長岡商工会議所でニューリーダー養成講座と、定例の越後長岡藤原塾が開催されました。

Img_0082_1 ニューリーダー養成講座

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